Vol.32 メルチー・サルバンさん(フィリピン)

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フィリピン出身のメルチー・サルバンさん(1985年生まれ)は現在、大田区に暮らし、区内の障害者向けデイサービス施設で介護士として働いています。
来日のきっかけや日々の暮らしぶり、これからの夢までいろいろなお話を伺いました。

来日、そして介護士になるまで

メルチーさんの母は日系3世。曾祖父(そうそふ)は佐賀県出身の旧日本兵で、「ソエジマ」という姓でした。
「フィリピンで大学を卒業後、看護師として働いていましたが、収入が少なく生活は厳しい状況でした」と振り返ります。そこで母とともに日本へ行くことを決意し、2008年、いとこを頼って静岡県菊川市に来日しました。しかし当時は日本語ができず、医療機関や介護施設で働くことはできませんでした。

フィリピンでの看護師時代

「最初は下着や自動車部品の工場で働きながら、日本語を独学で学ぶ日々が始まりました。働きながらだったので日本語学校に通う時間はなく、オンライン講座や役所の無料レッスンを活用し、仕事の合間に懸命に勉強を続けました」

その後、結婚を機に2016年に東京に転居。日本の看護師の資格は持ってなかったので、品川区の病院で看護助手として働き始めたそうです。「この病院では私が初めての外国人看護助手でした。常にポケットに小さなノートを入れて初めて聞いた言葉をメモしたり、週1回のレッスンにも通ったりして日本語の勉強を続けました」

その後、大田区内の病院に移りました。ここでも、看護助手としては私が初の外国人職員でした。「私自身、漢字が読めないしパソコン操作が苦手だったので、病院側が患者名にふりがなを付けてくれたり、連絡方法を手書きのチェックシートに変更してくれたりと、いろいろと便宜を図ってくれました。こうした支えもあり5年間勤務し、後半は脳卒中患者のための専門病棟(SCU)を任されるまでになりました。その後、同じ病院にはフィリピンなどから来た外国人職員が増えていきました」

現在の仕事と大田区での暮らし

デイケア施設にて利用者と

「2年前に大田区西糀谷にある心身障害者向けのデイサービス施設に移り、介護士として働いています。知的障害のある利用者と接するには、子どもでも分かる簡単な日本語が必要で、毎日がチャレンジです」と語るメルチーさんは、利用者のご家族とのコミュニケーションも大切にしています。

大田区でお気に入りの場所は、大森ふるさとの浜辺公園。
自宅から近く、息子さんとよく行くそうで、ビーチがあり、「東京とは思えないほどゆっくりできる場所」と話します。

フィリピン南部の海辺の町で育ったメルチーさんにとって、海は心が落ち着く存在。都心のにぎやかな場所よりも、静かな環境を求めて大田区を選びました。

お台場も好きな場所の一つで、息子さんは日本科学未来館が大好きだそうです。「日本全体で言えば、好きな場所は京都ですね。古都の風情があって、抹茶ソフトクリームがとてもおいしかったのを覚えています」

「趣味は音楽で、フィリピン人の友人たちとコーラスを楽しんでいます。勤務先の介護施設にカラオケがあるので、レクリエーションの時間に利用者の方々と一緒に歌っています。キャンプも好きで、家族や友人とよく出かけています」

デイケア施設にて教会の友人とコーラス

家族との歩み

「日本に来たばかりの頃は同世代の友人がおらず、さみしくて、さみしくて何度もフィリピンに帰りたいと思いました」とメルチーさんは振り返ります。週末にいとこと会うようになり、少しずつ日本の生活に慣れていきました。今は、毎週土曜日、家族で原宿のキリスト教会に通い、外国人の信徒達と英語で交流する時間を楽しんでいるそうです。

「フィリピン人の夫とは2011年、いとこの紹介で知り合いました。東京在住だった夫とはメールでやり取りをし、3カ月後には良い人だと分かったので、クリスマスプレゼントとして私のスマートフォンの番号を教えました。その後4年間の遠距離恋愛を経て2015年に結婚、その翌年に東京で同居を始めました」

原宿の教会での結婚式

6歳の息子さんはこの春、自宅近くの小学校に入学予定で、家庭では英語を使っているため日本語より英語が得意だそうです。日本語でも自分の意見が言えるように勉強させたい、と話します。

夫と息子との3ショット

これからの夢

「もっと日本語を勉強して、日本の看護師免許を取って日本で働き続けたいです。まずワンステップとして介護福祉士の資格を取得したい。そうすれば知識が深まり、日本語のコミュニケーション能力が向上し、実践的な経験も積めるようになると思います。今の日本語能力試験の資格はN4なので、今後はN2を目指したい。そうすれば、ニュースや雑誌も読めるようになりますよね」

インタビューを終えて

とても明るく、前向きな方でした。お話を聞いて、働きながら時間を惜しんで日本語を勉強して、病院や介護施設に勤めるようになったご苦労を知りました。今、日本では労働力が足りず、看護師や介護士の職を外国の方々に頼らなければならない状況です。メルチーさんには感謝に堪えません。日本とフィリピンを結ぶ「看護の担い手」としてこれからも頑張ってほしいと心から願っています。(隣の外国人実行委員 森 保裕)

インタビュー終わりにメルチーさんと