台湾出身の施嵐(シー・ラン)さん。
流暢な日本語を話す施嵐さんは、様々な国での経験を経て、現在は蒲田に住んでいます。
これまでのチャレンジ、日本への思い、蒲田での暮らし、これからの目標などをうかがいました!
蒲田との出会いが日本での暮らしの始まり
施嵐さんが初めて日本を訪れたのは、2018年10月。当時蒲田に住んでいた友人を訪ね、約2週間滞在しました。「スカイツリー、ディズニーランド、東京タワーなど、いろいろな場所を訪れましたが、実を言うと、一番印象に残っているのは友だちの家で過ごした毎日の生活なんです。特に楽しかったのは買い物でした。台湾と比べると種類が多くて安いので、当時はスーパーに行くとついつい長居してしまいましたね。」と笑顔で当時を振り返ります。

数あるお店の中でもドン・キホーテがお気に入りだそうで、今も蒲田のドン・キホーテに行くことがしばしばとのこと。さらに、日本は治安も良く街がきれいで、夜に歩いても安心できるところがいいなと感じたそうです。そのときの体験が忘れられず、その後も何度か来日するうちに、「いつかこの街で暮らせたらいいな!」と思い始めたそうです。
「もっと学びたい」から始まった、長い海外経験
日本に来る前は台湾国内、中国、ベトナムでも働いていた経験がある施嵐さん。
「最初は台湾で会計の仕事をしていましたが、仕事をしていくうちに、より専門的に会計を学びたいという気持ちが湧いてきて大学に入り直しました。学生に戻るのは大変でしたけど、やってよかったと思っています。」と誇らしげな様子の施嵐さん。
さらに、「卒業後、中国・上海の企業で約2年間勤務した後、広東省東莞にある企業に転職しました。当時はコロナ禍でしたが、ある時ベトナム・ホーチミンの工場へ出向する機会があってベトナムの人たちが、本当に一生懸命働いていました。その姿を見て、『私も、もっと真剣に生きよう』って思ったんです。」
そして、ベトナムでの生活にも慣れ始めた頃に日本語の先生と出会いました。
「まさか、この出会いが日本につながるとは、そのときは思っていなかったですね。」日本語を学び始めたことがきっかけで、施嵐さんのチャレンジ精神に再び火がつきます。
シンガポール南洋理工大学のMBA(オンライン)コースに進学し、修了後は早稲田大学のMBAプログラム(6か月)で学ぶため、2023年4月に来日しました。その時の心境を、施嵐さんはこう語ります。
「また蒲田に戻って来られて、うれしかったです。当時は、『やっとここに住めた』という感じでした。蒲田から早稲田大学までの電車通学は大変でしたが、それ以上に学生生活がすごく充実したので楽しかったですね。」

学生から社会人へ、日本での新しい挑戦
日本でのMBAを修了後は、川崎市のトラック製造メーカーに就職。
外資系のカスタマーサービス・エンジニアリングの会社で、最初はエンジニアリング部門に所属しました。
「仕事では日本語を多く使いました。法律や技術に関することも、日本語で学ぶので、毎日が勉強でした。」と語ります。
その後、日本語学習支援を受けながら勉強を続け、2025年7月には日本語能力試験N1に合格しました。「合格したときはとてもうれしかったです。でも同時に、『まだまだだな』とも思いました。」と、さらなる学習への意欲も話してくれました。
現在は財務部へ異動し英語を中心に業務に取り組んでいるそうで、
「自分で希望した異動なので、今はファイナンスや会計を改めて学びながら、仕事に取り組んでいます。」と、前向きな表情で語ってくれました。

蒲田ライフを支えるささやかな楽しみ
施嵐さんの日々の生活には、いくつもの楽しみがあります。その中でも、1歳のチワワと過ごす時間は、欠かせない大切な存在です。
「散歩はもちろん、旅行にも一緒に行きますよ。ワンちゃんが泊まれるホテルはなかなかないので大変ですが、先日は西伊豆に旅行に行きました。また、散歩に行くとだいたい犬友達ができるのもちょっとした楽しみです。私の日本語の練習にもなりますし。」


さらに、最近はヨガ教室にもすっかりハマっていて、週に数回通っているそうです。
「ヨガ教室でも日本語を使う機会があるんです。レッスン中の説明を聞いたり、先生と少し話したり。生活の中で、自然に日本語に触れられる時間になっていますね。」
会社では日本語を使う場面が以前より減った一方で、日常生活では日本語を使う機会が増えているといいます。
「東京は、人と人の距離感を感じることはあります。でもそれは台湾の首都でも同じで、人が冷たいというより、“首都だからそういうもの”だと思っています。」
そう前置きしたうえで、「ただ、蒲田は下町なので、少し雰囲気が違いますね。人が温かいな、と感じることが多いです。」と話してくれました。
また、料理が好きな施嵐さんは平日はほぼ毎日自炊をされているそうで、スーパーで食材を選ぶ時間も楽しいとのこと。
「魯肉飯や牛肉麺、小籠包など台湾料理も作りますが、パスタなどのイタリア料理、日本の料理も料理番組を日本語で見ながら作ることもあって、自分の料理の腕をもっと上げたいと思っています。」と笑顔で話します。
愛犬やヨガ、料理を楽しむ日々が施嵐さんの蒲田での暮らしを支え、日本語とともに歩む施嵐さんの現在の生活を支えています。
日本語で広がった世界
昨年、国際都市おおた協会が開催する“日本語でプレゼンテーション”に発表者として参加しました。日本語で人前に立ち、自分の考えを伝えることは、決して簡単なことではありません。
「『せっかくなら、好きなことを話そう』と思ったんです。自分が本当に興味のあるテーマなら、きっと気持ちも伝わると思って。ちなみにテーマは、私のワンちゃんです!」そう話しながら、原稿を考え、何度も声に出して練習を重ねたそうです。
賞については特に意識していなかったといいますが、なんと優秀賞を受賞!
「まさか自分が選ばれるとは思っていなかったので、本当にびっくりしました。」と、当時を振り返ります。そして今年は、立場を変えて司会者として参加しました。

「司会は発表より緊張するかな、と思っていたんですが、実際にやってみると不思議と日本語が自然に出てきて、『あ、前回発表した時より日本語ができるようになってる』と、自分でも成長を感じることができました。」発表者としての経験、そして司会として全体を支える経験。そのどちらもが、施嵐さんにとって「日本語で伝える」ことへの自信につながっています。

これからの夢と、変わらないチャレンジ精神
将来について聞くと、少し考えてから、こう話してくれました。
「今は、日本での生活を続けたいと思っています!」
台湾は物価や家賃が高く、給与とのバランスが難しいと感じる一方、日本での生活は「便利で、安全で、働きがいがある」と感じているそうです。「ファッションや化粧品のブランドが好きなので、将来は国際的なブランドの仕事にも挑戦してみたいですね。」
インタビューを終えて
インタビューを通して強く感じたのは、施嵐さんの自己研鑽への弛まぬ姿勢です、今の自分に満足しない、新たな分野への果敢なチャレンジ精神、目的達成に向けての具体的な行動力。
こうした「もっと学びたい」「もっと成長したい」という気持ちが、台湾から中国、ベトナム、そして日本へと道をつないできました。
そんな施嵐さんは今日も蒲田での日常を大切にしながら、自分らしい未来へ向かって確かな歩みを進めています。
施嵐さん、インタビュー、ありがとうございました!


Vol.31 施嵐(シー・ラン)さん(台湾)